• せきしろ

ルノアール2016(『2016年のリラックス。』掲載)

 ルノアールに初めて入ったのは、高校三年の修学旅行の時だった。観光バスで都内を走り回っている際、ルノアールと書かれた看板を何度も目にし、あれは何だと気になった。すると、宿泊先のすぐ近くにルノアールはあり、近づいてみると喫茶店だとわかり、興味本位で入ってみたのだ。

 私の町にある喫茶店のテーブルは、ほぼゲーム筐体なのに、ルノアールにはそんなものはなく、観光地によくある大きくて古いホテルのロビーのような高級感が漂っていた。そこで仲の良かった友人とふたり、自由行動をどうするかと相談したのをぼんやりと覚えている。

 それから数ヶ月後、私は高校を卒業し上京した。以後、ルノアールとの関係は密接になった。暇を潰す時、仕事をする時、何か考え事をしたい時。私は何度も何度も呆れるほど訪れるようになった。

 時は流れた。家の近所にあったルノアールは閉店し、他の店も店内の様子を変えていった。森進一にはいろいろなことが起こり、『笑っていいとも』は本当に終わってしまった。いつしか私の足はルノアールから遠のいていった。とはいえ、まったく行かなくなったわけではなく、行った先にルノアールしかなければルノアールに入った。頻度は落ちたが相変わらず訪れていた。

 その日も私はルノアールにいた。向こうに見えるおばさんは大麻柄のキャップを被っている。わかって被っているのか、何も知らずに被っているのか。大麻の葉はラスタカラーであったから「あら、秋の色づいた木々の葉っぱのようで綺麗だわ」と選んだのかもしれない。などと考えていると、張りのある笑い声が聞こえてきた。声の主は後ろの席の若者たちで、会話の端々に出てくる単語から高校生であると推測できた。「卒業」という単語も聞こえてきたので高校三年生だろうか。

 彼らの声は大きかった。私に話を聞く意志がなくても聞こえてきてしまう。そこで音楽を聴いて遮断しようとイヤホンを取り出したのだが、イヤーピースが外れていて、貝殻のないヤドカリのように頼りない形をしていた。蓋の開かないジャムがジャムではないように、イヤーピースのないイヤホンはイヤホンではない。私は彼らの話を聞くしかなかった。

 話題はマクドナルドの新商品について。新しいハンバーガーが発売され名前を募集しているらしく、名前を考えないかとひとりが提案した。

「俺は大喜利が得意だから」

 別の誰かが言った。その言葉を皮切りにネーミング会議が始まる。2015年の流行語がいくつも飛び出す。もちろん「五郎丸」も俎上に載る。そこから「ラグビーバーガー」「南アフリカバーガー」などと続き「ルーティンバーガー」で会議は終わった。

「でもルーティンって使ったら五郎丸に怒られるんじゃないか?」

「五郎丸がそんなことで怒るわけないだろ!」

 彼らは五郎丸に絶大な信頼を寄せているようだ。確かに怒りはしないだろう。しかしそれは五郎丸の器量の大きさとかの話ではなく、そもそも「ルーティン」は五郎丸発祥の言葉ではない。

「なにルーティンを勝手に使ってんだよ!」

こんなことは絶対に言わない。

「ルーティンって勝手に使ってる奴出てこい!」

 こんなことも絶対ない。

「ルーティンを使っている奴はいないかー!」

 これではほぼナマハゲである。

 いつしか私は昔のことを思い出す。私も高校生の頃は喫茶店で大きな声で笑い話をしていた。なんなら、おもしろいと思うことは周囲に聞こえることを前提として話していた。もしもあの頃、ハンバーガーの名前を考える機会があったなら、彼らのように話していたはずだ。しかし流行語を口にしたかどうかは定かではない。「流行語」イコール「おもしろくない」という意識が当時の私にすでにあった気がするし、まだなかった気もする。

 私はスマホで自分が高校三年生の時の流行語を調べてみた。真っ先に出てきたのは「ペレストロイカ」。ペレストロイカバーガー。旧ソ連を想起させる「ペレストロイカ」とアメリカを想起させる「バーガー」。さすがにそんなネーミングはしない。さらに調べを進めると、「しょうゆ顔・ソース顔」という言葉も出てきた。この言葉が私の脳を刺激し、当時の記憶を鮮明に蘇らせる。クラスメイトが「しょうゆ顔」だの「ソース顔」だのと盛り上がっているのを傍目に、頑として一切使わなかったことを思い出した。修学旅行で一緒にルノアールに行った友人と「流行語を使う奴はおもしろくない」「今はまだ使う時ではない」とネタを寝かせ、みんながその言葉を忘れ、いつか良いタイミングが来た時にそれを使おうと決めたことを。

 ということは、私が今高校生であったなら「ルーティンバーガー」なるネーミングはしなかったということだ。ただ、それが良かったかどうかはわからない。あの時寝かせた「しょうゆ顔・ソース顔」は、寝かせるだけ寝かせ、結局一回も使うことなく今に至るからだ。いつの間にかその言葉自体を知らない世代も増えた。使うタイミングはこれからもやって来ないだろう。件の友人は昨年他界した。彼は「しょうゆ顔・ソース顔」を使わず墓まで持って行ったのか。それとも私と会わなくなってから使いまくっていたのだろうか。

「そろそろ教習所に行かないと」

 そう言って彼らは帰り支度を始めた。どんな若者たちなのか見てみようと、私はさりげなく振り向く。しかし彼らの背中しか見えなかった。どれも若さが伝わってくる背中で、「しょうゆ顔」か「ソース顔」かはわからなかった。

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